方向性は賛成だが、球数制限だけでは根本解決しない。
高校野球で近年叫ばれてきた、投手の酷使問題。
一人の好投手がチームの命運を背負って、たった一人で投げ抜く姿が美談としてもてはやされる一方で、その連投の影響からか、肩や肘に大きなダメージを負った投手も少なくない。
そんな中で、高校野球界に衝撃的なニュースが飛び込んできた。
新潟県高野連が、高校野球界に球数制限を導入する以降を明らかにしたのだ。
新潟県高校野球連盟は22日、来年の春季県大会限定で、投手の投球数を1試合につき1人100球までにする「球数制限」を導入することを明らかにした。公式戦では全国初の試み。春の選抜大会、夏の全国選手権大会には現時点で適用される予定はない。
まだ、導入は決定していないが、少なくとも何か現状にメスを入れようとする動きは、非常に大きな一歩と言える。
そんなアマチュア側の動きに呼応するように、現役プロ野球選手の横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手も、球数導入賛成の意見を公にした。
「高校野球は『教育の場』とよく言われていますが、子供たちが甲子園でやっているのは『部活動』です。昨年も球数問題が出ていましたが、子供たちのためになっているのかという疑問があります。もちろん『球数制限』をすれば野球が面白くなくなるとか、待球作戦をするチームが出るなど、いろんな声が上がっていますが、大人の都合ではなくて子供たちの将来を考えることが一番大事だと思います」
引用:球数制限は導入すべき 筒香が語る思い「大人の都合ではなく、子供達の将来を」 | Full-count | フルカウント ―野球・MLBの総合コラムサイト―
この球数制限導入には、賛否両論あり、得する人と損する人がいる。
そこで、球数制限導入にあって起こり得る事象や、懸念事項についてまとめてみた。
本当に球数制限するべきかどうか考えている、高校野球好きの方に読んで頂けると幸いです。
高校野球に球数制限を導入するメリットとデメリット
球数制限ルールはまだ決まっておりませんが、今回は新潟県高野連が導入を検討している、「1投手の1試合の球数制限100球」をベースに話す。
ルールによっては、ここで述べるメリットとデメリットが変わる可能性もあることを、ご了承ください。
メリット
投手の故障抑止効果の期待
最も期待される効果は、投手の故障抑止。
投球数と故障の因果関係は定かにはなっていないが、身体が出来上がっていない未成年の高校生が、何百球も投げることが身体に良いとは言えない。
具体名を挙げるのは控えさせて頂くが、高校や大学野球の大会で何百球も投げた有力なアマチュア投手が、後に肩肘の故障で満足のいくボールを投げられないケースはいくつかある。
野球選手としてだけでなく、日常生活に支障が出るケースもあり、怪我防止は高校野球の課題の一つ。
投手の球数制限による最も期待される効果は、故障抑止と言っても過言ではないだろう。
エース投手以外の出場試合数増加
野球の試合で1チームの投球数は、150球前後。
スムーズにいけば100球以内で終わることもあるが、相手打線や自軍投手の調子や力関係の差によっては、200球を超えることもある。
従って、球数を100球と制限した場合、基本的には2番手以降の投手が登板することになる。
今までは一人の投手が予選から本戦まで一人で投げ抜くことがあったため、チームによってはエースの投手以外に出番がないケースもあった。
しかし、球数制限によって、従来のルールなら登板機会のなかった投手に、試合出場のチャンスが与えられる。
チームによっては、複数人の投手を用意するために野手の中から投手適正を見出すケースもあるだろう。
控え投手や、それまで投手として見られていなかった選手のポテンシャルが引き出される可能性が、副次的な効果として期待される。
その分、監督やコーチには、複数の投手を育てる力と、試合中の継投のタイミングなど、今まで以上に首脳陣の力も試されるが...。
「少年時代からの投げ過ぎは、将来を考えた時、大きなリスク要因になります。だけど、米国のように球数さえ制限すればいいというものではない。専門医の立場から言わせてもらえば、合理的なフォームこそがヒジ、肩関節を守ってくれるものなんです」
デメリット
強豪校有利になる(投手の層の厚いチーム)
球数制限導入で一番危惧されているのは、複数人好投手を抱えるケースが多い強豪校有利になるのではという懸念。
その逆に、エース以外の投手の育成に苦労している高校は、不利になる可能性も。
今まで一人の好投手がいれば勝ち抜けていたのがそもそもの間違えで、本来は複数投手を用意出来るような育成力が必要だという考えもある。
この点については議論されるべきだが、勝利優先か、投手の保護優先かで、議論が分かれる点だろう。
高校卒業後も野球を続けるのは約1~2割。
高校卒業後も野球を続ける球児の割合は、年度によるものの、約1~2割。
全日本大学野球連盟の発表(2009年5月1日現在)では、全国26の連盟に377校が加盟し、昨年は22,382人がプレーしました。大学4学年合わせて、22,382人。高校野球は3年生だけで53,263人。一昨年の高校3年生は50,942人。そこから大学に進学し、硬式野球を続けている現在の大学1年生は6,492人です。
44,450人の中には、さまざまな事情から大学で野球を続けられなかった人がいるでしょう。
大学、専門学校、社会人、独立リーグ、海外リーグなど、進路は様々だが、高校球児の数から考えると、高校卒業後も野球を続ける割合は少数派。
加えて、この中で投手を続ける選手はもっと絞られてくる(単純計算だと1/9)。
ましてや、プロ野球選手を目指そうという投手の割合は、もっと少ない。
中には高校で野球はやめるつもりで、最後の大会にかける選手もいるだろう。
万年一回戦負けで、一勝出来れば大満足というチームもある。
そのチームがエースの力投のおかげで、一勝目前の状況で、球数制限ルールの影響を受けて投手交代を余儀なくされ、替わった投手が打たれたらどうだろうか。
全国の高校野球チームの半数は、一回戦負け。
投手の将来を守ることは確かに大事だが、現在検討されている球数制限だけでは、損をする選手が出てくる可能性もある。
高校球児の中でも、非常に少数派の投手を守るために、その他大勢の選手に影響が出るルール変更が、果たして適当な策なのか。
野球という競技の性質上、投手が1試合の結果に与える影響は大きい。
そのため、一つのポジションの選手を守るためのルール改訂が、競技自体の根幹を揺るがしかねないのは、やや慎重になる必要があるのではないだろうか。
試合成立困難なチームが出る可能性も
チームの中には、部員9名ギリギリの野球部もあるだろう。
その中で、一人だけ投手が出来る子がいて、何とか試合を成立させてきた高校もある。
もしそんなチームが、投手交代を強制された場合、投手の制球がままならず、試合成立が困難になる恐れも出てくる。
身体が出来ていない生徒が登板するリスク
チームによっては上級生で投手を出来る選手が一人しかいない(もしくは捕手などの主要ポジションを守っている)チームもある。
その場合、投手交代が発生すると、まだまだ身体が出来ていない下級生投手が先発をする可能性。
身体がまだ十分に出来ていない状態で、無理に投げさせられると、それこそ怪我を引き起こすケースも出るだろう。
死球による故障のリスクも発生する。
投手の未来を守るための球数制限で、選手が怪我をしては、本末転倒。
ルール設定は難しいが、チーム構成や事情によって、特例を認めるケースも必要かもしれない。
球数制限狙いの戦術をとるチームが増える可能性
相手チームのエースとそれ以外の投手の力量差がある場合、待球作戦でエース投手に球数を投げさせて、早く交代させる戦術をとるチームが出てくる可能性もある。
元々野球というスポーツでは球数を投げさせる作戦も、戦術の一つとして用いられることはあるが、強制交代があるとより待球作戦をとるチームが増える可能性は否めない。
待球作戦の是非は置いといても、野球という競技そのものが変わってしまうことが懸念される。
話は少し剃れるが、球数制限はバッテリー側にも影響を与える可能性もあるため、投手のタイプによっては有利不利が出ることも懸念事項の一つだ。
球数制限だけで故障抑止になるかは微妙
かなり重要な問題として、球数制限がどれだけ故障抑止に繋がるかは、未知数。
単純に考えれば、球数が減れば肩肘などの負担は減るだろうが、故障を抑止出来るかは定かではない。
連投制限などで、短期間に集中的に投球することを改善した方が故障抑止に繋がるかもしれない。
そもそも練習での投球数を規制した方が良いかもしれない。
もっと言えば根本原因は高校以前にある可能性も。
「あまり知られていないことかもしれませんが、高校生になって発症する肩肘の故障は、根本をたどると小学生や中学生で負った怪我が治りきっていなかったり、過度にかかった負荷が原因だったりすることがあります。つまり、小学生や中学生の時に、適切な指導の下で正しいトレーニングや怪我の対処が行われていれば、防げた怪我もある。
今、高校生で球数制限を導入しようという動きがありますが、本来ならば小中学生のうちから球数制限を設けるべきでしょう。そして、球数制限をなぜ取り入れるべきなのか。『子供の怪我を防ぐため』『将来大きな選手に羽ばたくため』といった漠然として理由は分かっていても、子供の体に過度な負荷がかかるのはなぜ良くないのか、症状を放っておけばどのような怪我や障害につながるのか、具体的な理由が分かっていない人は多いと思います」
小中学生の体はまだ成長段階にあり、一般に大人の骨としてできあがるのは15歳前後だという。成長を続ける未熟な骨や筋肉に過度の負荷をかけ、十分な休息を与えなければ、怪我を引き起こすだけではなく、時には成長の妨げとなることは容易に想像できるはずだ。
引用:【肘と野球】小学生から球数制限を――肘の専門家と考える高校球児の怪我のルーツ | Full-count | フルカウント ―野球・MLBの総合コラムサイト― - (2)
球数制限導入によって影響を受ける人が多い一方、球数制限だけで故障予防になると言い切れない点は、考慮すべき点である。
本当に考えるべきことは球数制限以外にもある
上記でも少し触れたが、球数制限だけでは、ケガ防止対策が完璧とは言えない。
【球数制限以外にも考えるべきこと】
- 連投制限
- 日程緩和
- 練習時間、制度の見直し(指導者の知識・技術向上)
- 大会制度変更(短期間のトーナメント→長期間のリーグ戦)
- 脱”甲子園至上主義”
- 大学野球の価値向上(高校野球をアマチュア野球の頂点にしない)
現行の甲子園の大会制度では、日程の緩和をしようにも滞在費や移動費、地域ごとの学校スケジュール、阪神タイガースの長期ロードなどの兼ね合いで、やや現実的ではない。
しかし、例えば高校野球をリーグ制に出来れば、日程の緩和や連投制限導入により、選手の疲労を軽減出来る可能性も高まる。
新潟県の高校野球関係者の方も、球数制限だけでなく、様々な取り組みを通してケガ防止を図りたいとも発言。
「球数制限ばかりが話題になりますが、私たちはその他にもケガを防止するための独自のガイドラインの策定や完全シーズンオフ制度の採用などにも挑戦したいと思っています」
こう語るのは「21c型穂波(にいがたほなみ)プロジェクト」の島田修プロジェクトリーダーだった。
引用:新潟県の球数制限に筒香嘉智も期待。「ルールを変えて子供達の将来を守る」(3/4) - 高校野球 - Number Web - ナンバー
球数制限の是非ばかりが話題になるが、高校野球、ひいては日本球界全体の問題を解決するには、球数制限だけでは不十分だ。
約1ヶ月間に試合が集中する日程、甲子園や高校野球に価値が集中する状況、長時間の練習...。
そもそも指導者の方が、無理な投球をしいらなければ、球数制限を導入する必要はない。
一つの大会に価値が集中しすぎなければ、無理に頑張り過ぎる選手も生まれない。
お隣韓国では、プロとアマが一体になって、高校野球のリーグ化、指導の徹底を図るなど、高校野球の進化が進んでいる。
全てを外国から学ぶ必要はないが、日本の高校野球界は変化が必要な岐路に立たされている。
まとめ
- 球数制限導入によるデメリットも多々ある
- 球数制限だけでは解消出来ない問題も
- 求められる指導者のスキル向上
球数制限導入だけで、完璧な故障防止になるわけではない。
実際は他にも検討されるべき事項はある。
ただ、長年一部から批判が出ていた、投手の酷使問題を解消しようとする動きが、プロアマ両方から出ているのは、日本の野球界にとっては良いことだ。
導入するかどうかは未定であり、導入しても様々な問題が噴出する可能性はある。
ただ、何も動き出さないよりは、前向きな一歩を踏み出そうと動き出したのは賛成だ。
日本の野球界が、選手の将来を守ろうとした少しでも動き出したことを、嬉しく思う。
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