言葉には自分が予想した以上の威力がある。
それは良い方にも悪い方にも。
2015年に公開されたアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』。
超今さらなのですが観てみました。
最近観たアニメ映画『君の名は。』と比較すると、『君の名は。』の方が映画の完成度は高いのかなと。
そして、 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(製作スタッフが同じ)の方が大衆受けするのかなと。
でも、私は『心が叫びたがってるんだ。』の方が好きだとはっきり言えます。
何が一番良かったかというと「言葉」に人々が心を揺さぶられる心理描写が非常に秀逸だったことです。
言った本人にとっては他愛もないことでも、言われた側はとても傷つくことがある。
そんな人が持つ繊細さをかなりリアルに表現しているのが『心が叫びたがってるんだ。』(以下『ここさけ』)の最大の魅力であり、私が好きな点です。
2017年7月22日に中島健人(Sexy Zone)主演で実写化が決定しています。
この夏、最高の青春ムービー『心が叫びたがってるんだ。』予告編
どうか原作が持つ言葉で人が心を揺さぶられる心理描写だけを損なって欲しくないというのが私の願望です。
今日は『ここさけ』の言葉で人が心を揺さぶられる心理描写を中心に感想を語っていきます。
『心が叫びたがってるんだ。』とは
概要
日本のアニメーション映画。副題は「Beautiful Word Beautiful World」。
略称は「ここさけ」。
2015年9月19日公開。
フジテレビ系列『ノイタミナ』で放送された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(以下『あの花』)のメインスタッフ(超平和バスターズ)が再集結して制作。
『あの花』と同じく埼玉県秩父市が舞台とされているが、横瀬駅や大慈寺(秩父三十四箇所札所十番)など、秩父郡横瀬町の風景も多く登場する。
埼玉県秩父市はここさけファンにとって聖地して有名。
あらすじ
少女・成瀬順は小学生の頃、憧れていた山の上のお城(実はラブホテル)から、父親と見知らぬ女性(浮気相手)が車で出てくるところを目撃する。
順は二人が「お城から出てくる王子様とお姫様」だと思い込み、それを母親に話したことにより両親の離婚を招いてしまう。
家を去る父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われ、ショックを受けた順は夕景の坂道(階段)でうずくまって泣く。
そこに玉子の妖精が現われ、「おしゃべりが招く苦難を避けるため」という理由で、順の「おしゃべり」を「封印」した。
時は流れ、高校2年生になった順は、「話すと腹痛が起きる」という理由で他者とはメモか携帯のメールでしか意思疎通ができない。
そのため、周囲の人々からは、「ヘンな子」という扱いを受けている。
そんな彼女は、担任教師の城嶋一基からクラスメイトの坂上拓実・仁藤菜月・田崎大樹とともに「地域ふれあい交流会」実行委員に指名されてしまう。
4人は普段から特に親しい間柄ではない上、指名されたこと自体に困惑・反発する。
城嶋は会合をボイコットした大樹を除く3人に対し、出し物として過去に例のないミュージカルを提案し、順の心は動くが拓実と菜月には良い反応はなかった。
その後、拓実からミュージカルをやりたいかと問われた順は、携帯で幼少の頃に起きた出来事を打ち明け、「玉子の妖精のかけた"呪い"のために話すと腹痛が起きる」と伝える。
拓実は「歌なら呪いも関係ないかもしれない」と話す。帰宅した順は、歌うと腹痛が起きないことに気づく。
交流会の出し物を決めるクラス会で、拓実たちは候補の一つにミュージカルを挙げるが、大樹は喋れない順が委員ではできるわけがないと罵る。
これに対して使えないやつはお前のほうだと逆に罵り返した拓実と大樹の親友の三嶋樹の間で喧嘩が始まってしまう。
そのとき順は「わたしはやれるよ」という言葉をメロディーに乗せて発した。
その後、拓実の携帯に「歌なら痛くない」という順からのメールが届き、菜月もそれを目にする。
その他
ここさけの舞台になった埼玉県秩父市に沿線を持つ西武鉄道。
その縁もあって、2015年に「ライオンズの勝利を心が叫びたがってるんだ。」弁当が発売された。
引用:9/13(日)「ライオンズの勝利を心が叫びたがってるんだ。」弁当発売決定!|埼玉西武ライオンズ
同じく秩父を舞台にする「あの花」のめんまもパッケージデザインに起用された。
ネタバレ全体感想
幼い頃のトラウマ体験から言葉を失った少女が同級生たちとの触れ合いを通して、声を取り戻すお話。
魔法や非現実的な現象、ドラマチックな展開があるわけではなく、ごくごく普通の高校生たちが主役のストーリー。
キャラクターそれぞれに「こんなやついる感」が出ていて感情移入しやすい作品でした。
この点で私は『あの花』よりもすんなり世界観に入っていけました。
「ミュージカルなら喋れる」という設定に違和感を持つ人もいるかもしれませんが、結構こういう人って多いのではと私は思います。
普段は大人しいけど、得意なスポーツをやるとき、カラオケで歌を歌うとき、仕事の打ち合わせになったら人が変わったようにいきいきする人っていますよね。
ダウンタウンの松本人志さんでいうところの憑依芸といいますか、本来の自分とは異なる役割を与えられることで、個性を発揮できるタイプの人間です。
またちょっとそれますが、順は喋れないけど、メールでならめちゃくちゃ饒舌になるという設定はかなりリアルだなと感心させられました。
よく草食系男子と言われる人の特徴に「普段は無口だけど、メールになると明るいキャラで饒舌」というのがあります。
男女限らず順のようにメールやLINEだとキャラが変わる人って結構いますよね。
こういうタイプの人って心を許した人、心を開きたい人に対してだけメールで積極的になれるんですよね。
その点も非常にリアルだなと感じました。
実は私自身がこの手のタイプなんですよね(笑)。
2面性も3面性もあるタイプと言いますか、状況によってキャラクターが変わってしまうんです。
メールになると饒舌になりますし....
自分のギャップを馬鹿にされたり、自分を表現するのが苦手な人にこういうキャラクターが多い印象があります。
なので、普段とは異なるシチュエーションになるといきいきするようなタイプの人にとってはかなり受け入れやすい作品なのかなという印象です。
また、キャラクターもデフォルメされておらず、風景もかなり綺麗でリアルに描かれていました。
「生々しい」セリフや心理描写が特徴の作品だけに、絵のリアリティはかなり重要な要素。
その点を手抜かりなく、きっちり描かれていたのはさすがだなと感心させられました。
シリアスなテーマを扱うにはリアリティを。
この点は映画クレヨンしんちゃん『アッパレ戦国』と同じ良さがありました。
大号泣するようなストーリーではないけど、じわりと心にくる。
普段中々自分の気持ちを理解してもらえない、伝えられない悩みを持っている人におすすめの作品です。
一つの言葉をきっかけに人はいかようにでもなる
ここさけを観て一番良かったのはキャラクターの言葉への反応です。
タイトルの『心が叫びたがってるんだ。』。
叫びたいなら叫べばいいじゃないかと言う人もいるかもしれませんが、叫べなくなるのには理由があるのです。
トラウマ体験や他人から言われた些細な一言で傷ついたりなど、言葉で傷つけられた人はいつしか自分の感情を押し殺してしまうようになります。
ここさけで一番わかりやすいのは順が父親から言われたある一言。
そこから彼女は言葉を失うわけですが、それ以外にも言葉をきっかけに人が激高したり、悲しんだりするシーンがあります。
個人的にはそれらが非常にリアリティがあって、生々しくて好きでした。
そこで、私が思わず引き込まれた言葉をいくつか紹介します。
順をどんどん内向的にさせた両親の言葉
順の父が母親以外の女性とラブホに通っていたことを順が母親に教えたことで順の両親は離婚をします。
その際に父親が「お前のせいで」と言い放ったセリフは作中最高の胸糞シーン。
これがトラウマになって順は声を失ってしまいます。
ただ、私が印象に残っているのは順の母親の失言の数々です。
実は父親の言葉以上に母親の言葉が順の心をふさぎ込んでいったのかなと思います。
病院に駆けつけたシーンや、順が町内会費を支払ったシーンなど。
順から夫の浮気を知らされた時に卵焼きを順の口に突っ込むシーンがあるのですが、あれは順の言葉を押さえつけたという描写なのでしょう。
一番印象に残っているのは拓実の祖母に順が明るくてお喋りな女の子だと伝えいるシーンです。
順の母親は常に世間体を気にしています。
世間的に異常な子どもを持つことを恥ずかしがっており、順に客人に会わぬよう言いつけています。
こうした、親が世間へ体裁を保とうとする姿勢って一番子どもを傷つけるんですよね。
「私は悪い子なんだ、悪いのは全部自分なんだって」と。
何を持って児童虐待とするか定義づけは難しいですが、児童虐待していることに気づいていない親は結構います。
私の小中学生の同級生に学校で一切喋らない女の子がいました。
その子は子どもの頃に親から「女の子らしくない」声と言われたことをきっかけに外で喋ることが出来なくなりました。
親が子どもに与える影響の大きさを生々しくリアルに描いている。
それがここさけに引き込まれた要因の一つです。
失言は言葉にしてしまった時点で失言 取りかせない発言
政治家や芸能人がたった一つの失言で社会的な地位を失うことがあります。
ただ、それらの中にはみんな思っているけど口にしないだけというものもあります。
しかし、失言してしまったらもう後には戻れません。
ここさけでは主要キャラクターのほとんどが何かしら失言をして人を怒らせたり、悲しませたりします。
拓実が「後輩たちから使えないポンコツと呼ばれている」と揶揄した時の拓実と樹のつかみ合い。
拓実が、「まさか成瀬が自分の事を...」みたいな事を呟いた時に大樹が「お前が・・それを....」
など、何気ない一言が人の心をネガティブな方に揺れ動かすことがあるのです。
中でも一番印象的なのは拓実が菜月に「何かあったら携帯にメールして」というシーンです。
中盤から終盤にかけて徐々に明らかになる菜月の拓実との復縁願望。
実は菜月はずっと拓実のメールアドレスを知らずにいました。
しかし、拓実は順と頻繁にメールを取り交わしている。
そのことに嫉妬と寂しさを感じていた菜月。
そんな菜月にとって拓実の「何かあったら携帯にメールして」発言は心を抉るような一言だったのです。
言った拓実側からすれば、知らないなら知らないって言ってよって感じでしょうが、言われた側は結構傷つくんですよね。
特にそれが好きな人であれば尚更。
菜月が拓実に対して素直になれない原因の一つに拓実の心が自分に向いていないことがあります。
単なる引っ込み思案でもなければ、意地っ張りでもない。
菜月が素直になれない理由が細かい描写で裏付けされているのです。
ラストのシーンで拓実が菜月に告白しようとした時に菜月が止めます。
大樹が順に告白するから拓実がそれに便乗したように告白するのを嫌ったように見えますが、理由はそれだけではありません。
それまでの拓実の言動を見て、まだ信頼出来ないというのも理由の一つでしょう。
ラストにすっきりさせないモヤモヤ展開ですが、ここさけの細かい心理描写が現れた良い終わらせ方だと感じました。
順が殻を破るシーン 言葉にすれば全てが上手くいくわけではないけど
ここさけ一番の名シーンと言われる順と拓実のラブホのシーン。
それまで自分の感情を相手に伝えることを避けてきた順がはじめて拓実に向き合う&告白するシーンです。
全て綺麗事ではなく、やや汚い言葉を使って拓実のダメ出しをします。
ただ、それがあるからこそリアルな心の叫びを表現できています。
そして、最後に順は拓実のことを好きだと告白します。
拓実の答えは「好きな人がいる」。
順の返しは「うん、知ってたよ。」
このシーンこそここさけスタッフが一番表現したかったシーンなのかなと。
今まで自分の感情をごまかして素直になれなかった拓実が素直になる(菜月への想いを認める)。
拓実に好きな人がいるとわかっていても自分に素直になった順。
二人が本当の意味でお互いに対して素直になった瞬間です。
何より私が好きなのは、『素直になったからと言って全てが上手くいくわけではない。それでも素直になるのは大切なことだ』というメッセージが込められている点です。
えてしてこの手の作品では素直になったら全てが上手く行き出すわけですが、現実はそんなことはありません。
相手に想いを伝えて振られることだって往々にしてあります。
でも、大事のなのは結果だけじゃない。
素直な気持ちを言葉にして伝える。そして、結果に対して向き合うこと。
これこそが一番大事なことだとここさけスタッフは言いたかったのではないでしょうか。
ラストに大樹が順に告白することを決意するシーンがありますが、彼はどちらかというと結果にこだわっているようには見えません。
自分の感情を伝えたい気持ちが強いように感じます。
物語の序盤では素直になれずにいた大樹。
彼は周りから本音を言われることを異常に恐れていました。
しかし、徐々にそんな強がりが消えていきます。
素直になるには素直の気持ちを受け止める覚悟も大事。
そんなことをここさけスタッフはこの作品を通して伝えたかったのでしょう。
まとめ
全てのセリフに意味がある。
言葉が持つ力は悪い方にも良い方にも作用する。
言葉にする難しさと大切さの両方を教えてくれるのが『心が叫びたがってるんだ。』の魅力です。
もし、素直になれずに悩んでいる人がいたら是非一度ご覧になってみてください。
それでは、さようなら!
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