言葉の力が持つ偉大さ。
写真や映像技術がどんなに発達した現在でも、その偉大さが薄らぐことはない。
逆にそういった技術が進歩したからこそ、言葉でしか伝えられないものへの価値が高まっている。
百聞は一見に如かず。
されど、百聞する価値はまだある。
2017年の1月から日刊スポーツで埼玉西武ライオンズの担当を務められていた塩畑大輔記者が、2017年5月を持って日刊スポーツを退社されることになった。
わずか5ヵ月と短い間だったものの、塩畑記者が残した素晴らしい記事の数々は西武ライオンズの心に強く印象に残った。
私だけでなく、私の友人、ネット上の反応を見るに塩畑記者のライオンズに関する記事は非常に評判が高い。
巧みな文章術もさることながら、入り込んだ取材、選手へのリスペクトなど、秀逸な記事の数々で西武ライオンズの選手、監督陣の普段日の目を浴びない部分に光を照らしてくれた。
他では聞けないような選手からこぼれでるエピソードの数々は塩畑記者が選手から信頼されていることで引き出せるのだろう。
『この記者さんなら間違いなく伝えてくれる』のような。
日刊スポーツの記事は文章の最後に記者名が書かれているので、文章を読み終わるまでは誰が書いた記事かはわからないが、塩畑記者の記事だけは読み始めてすぐにわかる。
それはまるで、愛読している小説家の作品を読んだ瞬間誰が書いた文章なのかわかるように。
今日はそんな塩畑記者のライオンズ担当時代の5ヵ月の間に書かれたおすすめ記事5選について紹介する。
目次
塩畑大輔記者とは
元日刊スポーツ新聞社の記者。
02〜04年 日刊スポーツ新聞社 写真部
04~10年 同スポーツ部サッカー担当
11〜14年 ゴルフ担当
15~16年 サッカー浦和担当
17年 プロ野球西武担当
早稲田大学 政治経済学部出身。
その取材力は選手からも高く評価されており、信頼も絶大。
取材熱心な塩畑さんは、選手からの信頼も絶大!
書いていらっしゃる記事も、選手への愛、競技への愛に溢れている素晴らしいものです。
塩畑さんに記事を書いてもらって喜んでいる選手の姿を、何度も目にしてきました。
塩畑記者のおすすめ記事5選
わずか5ヶ月という短い期間だったが、塩畑記者が残した珠玉の記事の中から厳選した記事を5つ紹介する。
西武栗山「とにかく走ってこい」辻監督の言葉に発奮
「辻監督がね、オフはとにかく走ってこいって言ってくださったんですよ。自分にはそれがとてもうれしかったんです」。
2017年の33歳になった元キャプテン栗山巧選手。
若い頃は18盗塁を記録するなど足が速いことで知られた選手。
しかし、ここ3年間の年齢からくる衰えのせいか盗塁数は激減。
3年間で盗塁はわずか6個。
2016年にいたっては盗塁0に終わった。
同級生の主砲中村剛也選手には盗塁のサインがでるのに自分にはなぜサインが出ない。
そんなことを悩んでいた栗山選手にとっては辻新監督の「走ってこい」の一言がこの上なく嬉しかったのだ。
そんな栗山に、新任の辻監督は「走ってこい」と言葉をかけた。
言外に「お前はまだまだ走れると思っている」と伝えられた気がした。
引用:同上
実はこの言葉を辻監督がかけた背景には辻監督が現役晩年に経験したベテラン選手の葛藤があった。
37歳でヤクルトに移籍。常勝軍団西武出身の大ベテランは、コーチ陣から「辻さんはやらなくて大丈夫ですから」と、フィジカル系のトレーニングメニュー免除を告げられた。
辻監督は「まだ自分にはできますから」と言い、これを固辞した。「もう走れないベテラン」のレッテルを受け入れるわけにはいかない。そう思った。
引用:同上
新監督の元キャプテン。
チームにとって絶対的な存在の栗山選手の扱い方を間違えば、スムーズにチームをまとめることは出来なかっただろう。
その背景にはベテランを巧みに操縦した辻監督の手腕があった。
今シーズンライオンズは走塁意識が高いチームだ。
そこにはベテランであろうとプロなら走れなければだめという意識改革があったのだ。
そんなチーム浮上のきっかけを塩畑記者はキャンプ序盤から見出していたのだ。
次が最後かもしれない、西武上本を駆り立てる思い
「もう、この年ですから、次の打席が現役最後になるかもしれない。それが現実です。だからこそ、初球からしっかり振れないといけない」
今年36歳を迎える松坂世代の上本達之捕手。
今シーズンは第三捕手兼左の代打として開幕から一軍に帯同している。
しかし、ここまでチームが48試合を消化して、試合出場はわずか6(6/1時点)。
誰よりもいつが出番かわからない状況で、常に準備を怠らないのだ。
そんな頼れるベテランの存在に監督もベンチも高い信頼を置いている。
試合前の練習から、先頭に立って声を出し、場を盛り上げる。試合が始まっても、ベンチから聞こえるのは、上本の声だ。
辻監督をして「団長(上本)はそういう部分でも本当に頼りになる」と言わしめる。それが試合中盤からベンチ裏に下がり、黙々と素振りを始める。
引用:同上
集中するあまり、立っていられないくらいの状態になるそうだ。
「そろそろいくぞと言われても、展開次第で打席に立てないこともあります。そうなると、反動でドッと疲れが来る。打席に立った時以上に来る。本当に、立っていられないくらいになるんです」
それほどに、自分を極限状態に追い込む。それが、1スイングにすべてをかける男の仕事の流儀だ。
引用:同上
とかくファンの注目はレギュラー選手や活躍した選手にいきがちだ。
しかし、こうした準備を怠らないベテランの存在がチームのムードを引き締めて、若手に良い影響を与える。
そして、当然ベンチの采配もしやすくなるのだ。
3年連続Bクラスに甘んじているチームには変革が求められている。
そんなチームにあって、酸いも甘い知るベテランの存在は大きい。
そんな上本選手の影の活躍を見逃さないのはさすが塩畑記者だ。
明日も試合に出るために西武栗山が示す「プロ意識」
「ソフトバンク戦のプレーは、プロとして反省すべきかもしれないとは思っています。ケガのリスクがあるプレーなら、うまく避けられればよかった」
好調にシーズンを滑り出した栗山選手だったが、ソフトバンク戦でアクシデントが発生してしまった。
全力疾走の上で発生した故障。
一見プロフェッショナルを発揮したからこそ起こったことのようにも思える。
しかし、長いペナントレースを闘うプロ野球選手にとってのプロフェッショナルはアマチュア選手とは少々異なる。
栗山は「確かに全力でやるのがプロ。ただ、何に向かって全力を尽くすべきなのか。そこが大事なんです」と切り出した。
「高校生や大学生、社会人のように、あの試合が一発勝負で、すべてを懸けなければいけないなら、あの全力疾走でよかった。でも僕らプロは違う。明日も、明後日も、ずっと試合は続くんです」
たとえアウトのタイミングでも、全力で一塁に駆け込む姿に、記者はプロ意識を見て取った。しかし、栗山の考える「プロ意識」自体が、まったく違った。
「試合のたび、僕らのプレーを楽しみに、スタジアムに来てくれるファンのみなさんがいる。その方々の期待に応えるため、明日も試合に出られる選択肢をとる。プロはそこにこそ、全力を尽くすべきだと思う」
引用:同上
いつでも試合に出られるコンディションを整える。
ケガしそうなプレーだと思ったら避ける。
何でもがむしゃらにプレーすることだけがプロではないのだ。
故障が守備につけず、走塁にも制限がかかっていた栗山選手だったが、常に来るべき時への準備を怠らなかった。
試合前の練習では、二塁、三塁へのスライディング練習を毎日繰り返している。「いずれ全力で走る時が来る。その時に、ひとつでも先の塁を狙いつつも、ケガのリスクを避けられるように」と言う。
プレーボール直前にスライディング練習をする選手は、少なくとも西武には他にいない。まるで高校球児のようの、ユニホームを土まみれにして、栗山はベンチに引き揚げてくる。
引用:同上
準備に余念がない栗山選手もすごいが、それをしっかり取材している塩畑記者も凄い。
試合の結果だけを見ている人には絶対に書けない記事だ。
室内打撃練習から試合前のスライディング練習まで。
そんな選手と真摯に向き合う塩畑記者のプロフェッショナルさに共感したからこそ栗山選手もプロとは何たるかについて語ってくれたのだろう。
辻監督自ら野球観理解させ主砲打席で忖度なしの三盗
辻監督は「本当に本人が気にしているのか、確認した方がいいよな」と言った。シソ焼酎を飲み干し「よし、明日話をしよう」とうなずく。テーブルの会計伝票を握り締める手に、力がこもった。
主砲の前ではなるべく盗塁しない。
プロ野球の常識ともいえる戦略だ。
実際、過去にある2000本安打を放った大物選手がその大物選手の打席中に盗塁した選手に激怒し、首脳陣と揉めたというケースがあった。
名将野村克也監督も主砲の打席中の盗塁をあまり好まない。
そんな球界の常識を知った上で、辻監督は浅村、中村に確認をとった上で三盗を試みた。
そんな新指揮官の采配に秋山選手も賛辞を惜しまない。
秋山は言う。「今までうちは、相手投手と1対1の勝負をずっと続けてきた。辻監督がいらっしゃった今年は違う。走者も含めて、チームとして相手投手と勝負できている」。
引用:同上
コンセンサスをとるのが必要なのは野球の三盗に限った話ではない。
そのことをサッカーなどの取材歴がある塩畑記者はよくわかっている。
三盗に限ったことではない。そう感じる。
他の競技を取材していても、目にしてきた。実績ある主力選手は敬意を払われるのと同時に、ものを言われにくくなることがある。
そして本人があずかりしらないところで“配慮”を受ける。つまりは「忖度(そんたく)」だ。
それでは風通しのよい組織とは言えない。忖度される本人たちも、チーム戦術の輪の中に、本当の意味で加わる事はできない。
辻監督は、それではいけないと感じた。だからこそ、いまさらと思われるのを覚悟の上で「三盗されるの、どう思う?」と聞いた。そうやってきちんと、コンセンサスをとった。
周りが忖度するあまり、チームが空中分解してしまったケースをいやというほど見てきたのだろう。
ただ、三盗を気遣っただけではない。
全ての選手をチーム戦術の輪の中に入れる必要があることを辻監督も塩畑記者も知っていたのだ。
これが並みのひとなら三盗にだけフォーカスをあててしまっただろう。
その先にある辻監督の意図は何なのか。
常に全力で取材を続けてきた塩畑記者だからこそ、そこを見逃さずに光をあてることができたのだ。
「言葉」に責任持ち戦う西武 伝えることで一歩上に
言葉が自分の人生を変えてくれた。だから、誰かの人生を変えるかもしれない自分の言葉にも、責任を持たなければならない。
この記事は塩畑記者が日刊スポーツの西武ライオンズ番記者として書いた最後の記事になる。
そこには「言葉」に責任を持って戦うことの大切さが書かれていた。
同時に言葉が持つとてつもない力を再認識させられた。
「どんな事象も、言葉を介して多くの人々が経験を共有しないと、文化にはならないということだと思います。競技レベルを上げるという意味でも、トップ選手が自分の経験を的確な言葉で伝えるのは大事なこと。うちの選手たちには、そういう意識で取材対応をしてほしいと思っています」
引用:同上
映像やデータを見れば、そのプレーや選手の凄さを理解するのは一瞬。
だが、そのプレーや結果の背景には何があったのか、それらの持つ意味とは何なのか言葉にしていかなければ、競技レベルの向上も文化的広がりもない。
それは選手と記者の信頼、協力関係なしには生まれなかったことだ。
そのことを塩畑記者はこれでもかというくらい理解されている。
野球こそ、たくさんの言葉を介して、文化を成熟させてきた。たとえば「2シーム」「動く直球」。きれいな縦回転の直球だけが価値ではないと、世に知らしめた。競技レベルを1段階上げた。
そしてわれわれ記者が、言葉を世に広めるお手伝いをさせてもらってきた。秋山が記者に求めるような信頼関係、協力関係があったからこそ、野球は日本の文化になったのだと思う。
選手が全力なのだから、記者も全力をだす。
そこに一切の手抜きも妥協もない。
そんな努力と覚悟があるからこそ、私たち読者は選手やプレーを深く理解することができ、選手もより高く評価されるのだ。
そしてスポーツ新聞の記者は、競技に寄り添い、選手の濃密な人生の証言者になる。
そのために、早朝7時の球場入りを待ち受ける。18ホールを一緒に歩く。未明の羽田便で欧州、米国に出発する選手を見送る。
時間も労力も決して惜しまない。その点においては、どんなメディアにも負けないと思う。
競技者とスポーツ新聞の信頼関係で、これからも人々の心を揺さぶる言葉、世界を変える言葉がつむぎだされていってほしい。
心からそう思う。【塩畑大輔】
最後に
塩畑記者がライオンズを担当した5月間、素晴らしい記事の数々を堪能することが出来た。
野球、選手の魅力だけでなく、言葉の大切さを改めて再認識させられた。
今度塩畑記者がどんなキャリアを歩んでいくのかはわからない。
塩畑記者ならどんな競技、業界でも素晴らしい記事を書かれるだろう。
いつかまた塩畑記者の記事を読めるその時を楽しみにしている。
まとめ
現代社会においても言葉が持つ力は偉大であることを塩畑記者が教えてくれた。
私が書く言葉が持つ力など大したことないかもしれない。
でも、いつか塩畑記者ような人々の心を揺さぶる言葉、世界を変える言葉がつむぎだしてみたい。
それが、例え小さな影響範囲であっても、誰かの心を揺さぶれる記事を書いてみたい。
ブログを通して少しでも野球の魅力を伝えたい。
そのためには、言葉に責任を持つ必要がある。
その一言で感動する人がいる一方で、傷づいたり、深いになったり、誤解を与えることもある。
いきなり塩畑記者のようにいかないのはわかっているが、塩畑記者のような読者に感動を与えられる書き手になりたい。
それでは、さようなら!