昨日紹介した『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』の記事について書いていてふと思い出したことがあった。
それは操り人形であるトッペマの悲劇について触れた時だ。
(征服した世界の王女を操り人形に変えて、その人形に「私はトッペマあなたのしもべ。だけど私は何の役にも立たない。だって私はただのマペット」って歌を歌わさせるなんて残酷過ぎます。)
ここで私が思い出したのは学生時代にチェコを旅行した時のことだ。
チェコの伝統文化の1つにマリオネット(人形劇)がある。
実はこれがチェコの歴史・アイデンティティに強く関わるものなのだ。
アイデンティティの喪失と危機。
今日はそのことについて記事にしていきたい。
目次
歴史に翻弄され続けてきた傀儡国家チェコ
1993年にチェコスロバキアから分離独立して誕生したチェコ共和国。
地理的な影響もあり古くから多くの近隣諸国の干渉を受けてきた。
北はポーランド、東はスロバキア、南はオーストリア、西はドイツと国境を接する。
古くは15世紀のハプスブルク家からの支配、第二次世界大戦後にはソ連とのプラハの春、そして近年ではチョコスロバキアの分離独立。
我々日本人には想像もつかない目まぐるしい国の変化を他国、他民族と衝突しながら体験している。
その間には他国からの政治干渉もあり、実質的な傀儡国家といえる時期もあった。
チェコの人たちは常にアイデンティティの喪失と危機に直面していたのだ。
アイデンティティを保つための伝統文化が操り人形である皮肉
私が学生時代にチェコの首都プラハを訪れた際、 あるものを多くみかけた。
それは「マリオネット」だ。
その中にはちょっと不気味なものもあった。
街の至るところにあるので、ガイドの方に聞いたところマリオネットを用いた人形劇がチェコの伝統文化だからだそうだ。
そしてそれはかつて他国の統治下にあったチェコ人にとって唯一アイデンティティを保つための術であったらしいのだ。
唯一言語統制から逃れる場所が人形劇場
15世紀中頃からチェコはドイツ人支配の帝国であるオーストリア帝国の支配を受けていた。
そのため当時のチェコ人は強制的にドイツ語を用いることを強要された。
しかし唯一例外だったのがマリオネットを用いた人形劇場。
人形劇にはチェコ語独特の表現が用いられていたため、特別に劇場のみチェコ語の使用が許可された。
そのため老若男女問わず、みんな人形劇を鑑賞しに行き、そこでチェコ語の会話を楽しんだのだ。
人形劇場が唯一当時のチェコ人にとってアイデンティティを確立させることが出来る場だったのだ。
また、支配者がチェコ語を理解できないことを利用して戦争や他国の批判、政府への不満を支配者に分からないように皮肉っていたことも人気を集めた理由。
そのため、人形劇場で使われていた人形には支配者への憎しみを込めて悪魔のように作っていたのだ。
私がプラハで実際に見た人形たちに感じた不気味さや恐怖感の正体は彼らの憎しみが現れたものだったのだ。
他国に操られている傀儡国家チェコの伝統文化が操り人形であるとはなんとも皮肉なものである...
サッカーのバルセロナもアイデンティティの象徴
実はサッカーで有名な「バルセロナ」、通称バルサもアイデンティティの象徴なのだ。
1939年以降のスペインはフランコ将軍の中央集権型の独裁政治。
地方都市カタルーニャでは、カタルーニャ語とカタルーニャ・アイデンティティの象徴に対して厳しい弾圧がなされ、カタルーニャの伝統的音楽・祭礼・旗、カタルーニャ語の地名や通り名が禁じられた。
日本には馴染みがないことだが、スペインでは主に4つの違う言語が使用されている。
それぞれ各自治州で公用語が定められている。
その中でもカタルーニャ地方はかなり独自色が強く、近年も度々独立問題が浮上するなどスペインの歴史の中でも非常に大きな存在。
話を戻すと、フランコ将軍政権下では当然のことながら首都マドリードのチームである白い巨人こと「レアル・マドリード」が優遇された。
それに対抗するように闘志を燃やしたのがカタルーニャ地方の雄、「FCバルセロナ」。
このバルセロナにおいても、先ほどのチェコと似た現象が起きた。
それはサッカー場においてのみカタルーニャ語の使用が許可されたのだ。
唯一自分たちの言語を使えるのがサッカー場。
そして自分たちを弾圧している首都のチームと唯一正式に戦えるのがあの伝統の「クラシコ(レアル・マドリードVSFCバルセロナ」。
レアルとはスペイン語で「王室」という意味で、レアル・マドリード以外にもレアルの名を冠するチームはいくつもある。
一方バルセロナにはレアルの名がついていない。
バルセロナは「ソシオ」と呼ばれるサポーター支援によってここまで大きなクラブに成長した。
「クラシコ(レアル・マドリードVSFCバルセロナ」は王室VSカタルーニャ地方の代表という代理戦争的な隠れた意味もあり、あれだけの伝統的一戦になったのだ。
サッカースペイン代表を無冠の無敵艦隊から世界最高にして最強のチームにしたもの
UEFA EURO 2008、2010 FIFAワールドカップ、UEFA EURO 2012で優勝したスペインは、主要国際大会3連覇を果たした初の国代表となった。
最近のサッカーファンには意外かもしれないが、それまでのスペイン代表はそこまで強いチームではなかった。
無敵艦隊と言われるほどネームバリューに優れた選手を揃えるわりに勝てないチームだったのだ。
原因はスペインは各州ごとの自立意識が高く、なかなかまとまりが生まれなかったからと言われている。
日本人には馴染みのない感覚だが、それは東京人と関西人が仲良くするレベルではなく、例えるなら日中韓台北が足並みを揃えるくらい難しいことなのだ。
そんなスペイン代表を一躍歴代サッカー史に残るチームにしたのは何を隠そうFCバルセロナ。
そう、FCバルセロナの中心選手たちだ。
2008-09シーズンにリーガ・エスパニョーラ、コパ・デル・レイ、UEFAチャンピオンズリーグにて優勝を達成し、スペイン史上初めての主要タイトル3冠を達成したFCバルセロナの選手を中心にしたスペイン代表。
シャビ、イニエスタ、プジョル、ピケ、ブスケツらを中心に添え、バルセロナのサッカーをそのまま代表に持ち込んだことで高いレベルの連携が図れ、チームは最高の輝きを放った。
スペインからの独立をどの州よりも望んでいるカタルーニャ地方の雄たちがそれまで各州の意識が強すぎる余り結束出来なかったスペイン代表を結束させるという皮肉のような幸福。
サッカーとはあまり関係ないようにみえる過去の政治が現代に生きる私たちに最高のサッカーを届けてくれるとは。
だから歴史は面白い。
まとめ
他国からの干渉をあまり経験してこなかった日本人にとってはどこか馴染みが薄いことかもしれない。
古い時代から他国の干渉を受けてきた国々には何かしらのアイデンティティを保つ伝統文化が存在する。
人類の歴史上比較的平和な今、それらのアイデンティティを保つ術が芸術やスポーツといった形で今に生きる私たちに感動や楽しみを与えてくれる。
今後過去の悲しく辛い歴史が楽しく幸せな歴史となって私たちの目の前に現れることに期待したい。
それでは、さようなら!