死ぬまで生きる問題

人はいつか死ぬんだから色々やってみようというブログです。主にクレヨンしんちゃん、西武ライオンズ、英語学習について書いています。

代打本塁打日本記録男・大島康徳氏の大腸がん告白ブログを読んで涙した話

おすすめ人気記事セレクション1. いつか心のエリートになりたい クレヨンしんちゃんで描かれた友情
2.全クレヨンしんちゃん映画ランキングベスト24【2017年最新作除く!】
3.最初に読んで欲しいおすすめ10記事!
4.【初心者向け】埼玉西武ライオンズについて最初に知ってほしい7個のコト

 f:id:jubenonz:20170615111038p:plain

子供の頃のヒーローの活躍はいつまでも見ていたい。

どうもはろーぐっばいです。

今日は現在大腸がん闘病中の野球解説者大島康徳氏についてお話していきます。

 

大島康徳さんは現役時代は元中日ドラゴンズ日本ハムファイターズで選手として活躍。

現役引退後は野球解説者、日本ハムファイターズの監督、第1回WBCでは日本代表の打撃コーチとして日本を世界制覇に導いた方でもあります。

 

普段は気さく、野球の試合中は熱いファイターとして知られる大島さん。

 

選手時代の華麗な経歴、私の大島さんの思い出、闘病中の奮闘記、息子さんとのエピソードについてご紹介していきます。

野球ファンだけでなく、病気と闘う方、子育てに悩む方には是非読んで頂きたいです。

目次

大島康徳氏とは

「大島康徳 本塁打」の画像検索結果<

現役時代

1968年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから3位指名され入団。

高校入学まで野球経験はなく、今津中学時代はバレーボール部。

 

投手として入団したが、入団間もない投球練習でコーチから一球で「投手失格」を言い渡され、更に当時の監督だった水原茂が素質を見抜いて打者転向。

 

主に外野手、三塁手を守り、右の長距離打者として活躍。

1983年には36本塁打を放ち本塁打王に輝く。

 

1987年オフ、日本ハムファイターズへトレード移籍。

すでに37歳であったが、日本ハムでは一塁手としての起用が多く、チームの得点力不足もあって主軸として活躍。

なお、移籍後の背番号は11。

後の日本ハムのレジェンドとなるダルビッシュ有大谷翔平と同じ番号にあたる。

 

1990年に2,000安打を達成。

39歳10ヶ月での達成は当時最年長記録で、到達までに要した試合数2290も当時最長記録。

なお、1・2年目ともに出場試合数ゼロでの達成は史上初。

※関連記事

 史上初の年間6人同時達成か!? 2017年プロ野球の2000本安打達成日を予想してみた

 

1994年に44歳の年に現役引退。

現役生活26年は山本昌(32年)、工藤公康中嶋聡(29年)、野村克也(27年)に次ぐ記録。

通算代打本塁打20本は歴代2位。

現役引退後

1995年からNHK野球解説者、東京中日スポーツ評論家。

 

2000年から2002年まで日本ハムの監督を務めた。

2006年に第1回WBC日本代表の打撃コーチに選ばれ、日本を見事に世界一に導く。

 

2014年からは再びNHK野球解説者・東京中日スポーツ評論家として活躍。

 

2017年2月7日、自身の公式ブログにて「2016年10月にステージ4の大腸がんになり手術を受けていたこと、肝臓に転移していること」を発表。

 

実は大島、昨年10月下旬頃に
病気が発覚しました。

病名は大腸がん
肝臓に転移があり
ステージは4です。

 

既に大腸の手術を終え
現在抗がん剤治療を行っております。

引用:2017年02月07日のブログ|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba -2ページ目

私の大島康徳さんの思い出

「大島康徳 監督」の画像検索結果

私が大島さんのことを知ったのは日本ハムの監督に就任されてから。

現役時代の印象はなく、監督の印象が強いです。

そのため、現役時代に中日で活躍されていたのを知ったのは後に実況パワフルプロ野球でOB選手として登場されてからです。

 

当時は2000本安打を放った選手になぜ「代打〇」の特殊能力がついているのか疑問でした。

これも後で知ったのですが、若い頃守備難があり、代打起用が多かったそうです。

プロ8年目の1976年、代打起用で勝負強さを発揮しシーズン代打本塁打7本の日本記録を樹立。

通算でも代打本塁打20本放たれていることから「代打〇」の特殊能力がついたようです。

 

その後大島さんのことを詳しく知ったのは名球会選手の半生をつづった自伝を読んでからです。

昔はプロ野球名球会に入った選手全員の自伝があって読むのが楽しかったのですが、今はなくなったのかな?

私が子供の頃はまだネットが発達しておらず、Wikipediaもなかったので、その本を読み込んで「大島康徳って中学まで野球やってなかったらしいよ」と友達にしたり顔で雑学を自慢していたのは良い思い出です。

 

監督時代の成績は3位、最下位、5位。

采配の印象よりもシーズンオフのプロ野球珍プレー・好プレーでの面白い言動が印象に残っています。

ヒーローインタビューで明るく振る舞う岩本勉選手に怒ったり、投手交代のためにマウンドに上がって選手と談笑しているうちに投手交代を球審に告げるのを忘れてベンチに戻って投手交代できなかったり。

 

とにかく明るい方という印象が強いです。

その明るさは解説業でも十分に発揮され、特にメジャーリーグ中継の解説時はそれがいかんなく発揮されます。

技術論、采配批評もさることながら、とにかく野球の楽しい見方を教えてくれる解説をされます。

時に珍プレーに大爆笑し、好プレーに手放しで賛辞を送ったり、手を抜いたプレーには厳しく叱責したり。

 

日本人、日本人所属チームなどの分け隔てなく、純粋な野球の楽しみ方を感情いっぱいに表現してくれます。

見てる、聞いている視聴者が楽しくなる解説。

それが大島康徳解説の真骨頂です。

 

しかもこれだけ野球人として成功されている方なのにおごりがありません。

下記は日本ハムの後輩ダルビッシュ有選手を称賛した大島さんのブログ記事なのですが、手放しでダルビッシュ選手を褒められています。

 

今日は得意の横の変化球だけでなく
縦の変化球も上手く使っていました。
6回7回あたりは少し危ない場面も
あったけれど…
彼はピッチャーとして器用であるし
頭もいいから、風を考慮したり
何かを考えてのピッチングなのかな
と、大島は感じました。

 

イチロー同様ダルビッシュ
次元の違う所にいる選手だから
何を考えているのか、凡人の大島
には分からないものがあります。

引用:ダルビッシュの投球にワクワク|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba

 

後輩とは1人の野球選手として偉大な選手へ敬意を表する。

まさにアスリートの鑑です。

 

また、時折といっては失礼ですが、的を射たコメントや監督時代の面白いアイデアを披露されます。

 

私が印象に残っているのは日本ハムの監督時代の話。

当時西武ライオンズに所属していた両打ちの松井稼頭央選手に得点圏にランナーを置いた場面で回ってきた際、あえて左投手をマウンドに送っていたそうです。

理由は右打席の方が打撃が粗いから。

 

松井稼頭央選手は元々右利きの右打ちの選手。

プロ入り後に左打ちを取得してスイッチヒッターに転向しています。

そのため、矯正で作った左ではミートを心掛けているのですが、本来の右打ちになると少々スイングが大きくなるそうです。

実際、最近のインタビューで松井稼頭央選手は右打席と左打席で性格が変わるとおっしゃっています。

 

そのことを対戦相手ながら見抜き、采配に活かしていたのです。

同じ人間のスイッチヒッターといえど、性格に違いが出る。

人が行うスポーツだからこそ、選手の性格でプレーに変化が出ることを大島さんの解説から学びました。

 

選手時代に積み上げた偉大な記録だけでなく、人柄、語り口でもファンを魅力する方です。

ブログで綴る大腸がん闘病記

「大島康徳 ブログ」の画像検索結果

引用:大島康徳公式ブログ/ウェブリブログ

 

前述した通り、現在大腸がんと闘っている大島さん。

2017年2月7日からAmebaブログで自身の闘病記を中心に近況を綴っておられます。

 

開設後毎日休まず、時には1日に複数記事投稿されています。

病気の症状から奥さんや息子さんとのやりとり、野球や食事など話題は様々。

 

記事を読んで気になった記事をいくつかご紹介させて頂きます。

とにかく食べる 

大島さんのブログを読んでいて印象的なのはとにかく食べる

そして何より食事を楽しんでらっしゃるのが伝わってくることです。

 

アイスクリームに、しゃぶしゃぶにヨーグルトにと食欲旺盛。

 

帰宅し、ご飯を食べ
食後のアイスクリーム。

今日は少し寒いけど、
アイスクリームはやっぱり食べたい。

 

う〜ん、美味いっ!

ピリピリもしないし、最高。

でっかいパックをつかんで…
直接いっちゃえ(笑)

引用:エナジーチャージ完了!|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba

 

人間食べられなくなったら弱る一方です。

元気に楽しそうに食事をされている様子が垣間見られてとりあえず一安心。

治療の影響で時に舌がピリつくことがあるようですが、そういうことがあるからこそ日々の食事を美味しく食べられることに感謝されているのでしょう。

ふさふさの髪の毛はカツラじゃない

同じ男として羨ましいのが大島さんのふさふさの髪の毛。

ところが、ネットで大島康徳と検索するとなぜかカツラの二文字が。

 

抗がん剤の副作用で髪の毛が抜ける患者さんが多いので、大島さんの毛量に違和感を覚えた人たちが噂していたようですが、ご本人は自身のブログで笑って否定されています。

 

抗がん剤の副作用で髪の毛がぬけませんか?…
髪は抜けません。抗がん剤の種類に
より副作用も違うようで、この薬は
髪は抜けないそうです。

 

髪は白髪染めをしています。
それから、一部噂があったよう
ですが…カツラではありません(笑)

引用:お知らせとお返事|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba

 

他愛もない噂を笑いとばせるくらい大島さんが回復しているのが伝わるエピソードです。

痛みに耐えるアスリートの習性

元アスリートなので…
痛みに耐える癖が身に付いて
しまっているかも?です。
耐えてはいけない痛みは
ちゃんと伝えようと思います。


7回の抗がん剤治療を受けて、
副作用のキツい期間や
軽くなっていくペースなどが
大体つかめるようになりました。

引用:一番体調が悪い期間|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba

 

この記事を読んでいて胸にこみ上げるものがありました。

現役時代厳しいトレーニングや痛い怪我、辛いリハビリなどに耐えてきた大島さんにとって痛みを人に伝えるのは慣れないこと。

しかし、病気に立ち向かうにはそれではいけません。

ただ、今まで我慢してきたタイプの人間にとってそれは非常に辛いことでしょう。

ともすれば自分の衰えや弱さを自覚して心からダメになっていくかもしれません。

 

でも、それでは適切な治療を行えない。

そのことに気づいて自分を変えていこうとされる姿勢に胸を打たれました。

肉体的にも精神的にもお辛いでしょうが、異常を感じたらすぐに誰かに伝えて欲しいです。

 

そのうえで数々の偉業を成し遂げてきたアスリートの不屈の精神で病魔に打ち勝って欲しいです。

やっぱり 野球が好き 社会とつながれる喜び

5月中旬から野球解説者、スポーツイベントに復帰された大島さん。

闘病中とは思えないようなスケジュールを精力的にこなされています。

 

 仲間と一緒に仕事して、笑って、
たくさんの先輩や後輩とも会って、
取材したり雑談したり。
皆の笑顔に囲まれながら、
充実の一日を過ごす。

やっぱり、仕事はいい!
大島にとって"元気の源"なのだと
つくづく感じています。


病気をして分かったこと。

それは、社会と繋がっているという
ことの大切さ。

勿論、家族からの愛情は
毎日たくさんもらっているけれど…

それプラス
仕事や友人や仲間たち。
そこからもらえるパワーが
たくさんあるということ、
それが自分の活力になるという
こと、

自分も家族も実感しています。


治療する。
でも、仕事もする。
楽しいこともする。
美味しいものも食べる。


無理をしてはいけないけれど

治療を頑張るためにも、
そういうことって
すごく大事なことなのではないか
と、大島は思います。

引用:社会と繋がっているということ|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba

 

 社会とつながること。

これがどれほど人にとって重要なことか。

また大島さんにとって仕事できないこと=野球と離れることでもあります。

野村克也氏が「野村引く野球はゼロ」とよくおっしゃっています。

恐らく大島さんもそれに近い方でしょう。

 

仕事と野球をとられては何のために自分は生きているのかとなりかねない。

もちろん、ご家族との時間も大切ですし、無理はして欲しくありません。

でも、大島さんにとって野球と携われることが何よりの薬にです。 

 

これからもあの楽しい野球解説をもっともっと野球ファンに届けて欲しいです。

息子はNMBオタクの吉本芸人

「大島康徳 ブログ」の画像検索結果

引用:大島康徳公式ブログ/ウェブリブログ

 

一時テレビで話題になりましたが、大島さんの次男・大島雅斗さんはよしもとクリエイティブエージェンシーに所属するお笑い芸人。

現在ケンモッカというコンビで活動されています。

 

NMB48のことが好きすぎて芸能人を目指すという大のアイドル好き。

NMB48のCDを借金(放送当時は50万円と証言)してまで買っているほどだそうです。

 

フジテレビの番組「アウト×デラックス」でこのことについて大島親子で話し合う企画があったのですが、私は大島さんの息子の夢を応援する姿勢に感銘を受けました。

 

NMB48のことが好きすぎて芸能人を目指す。

普通の人が聞いたら卒倒しそうな話ですが、自分がなりたい目標を見つけて、そこに向かって努力するのは何らおかしなことではありません。

 

大島さん自身、プロ野球選手という年単位で契約が更新される厳しい世界に身を置いていた分競争社会の厳しさをいやというほど理解しているでしょう。

もちろん、そこで夢散って辞めていった同僚を数多く見てきたはずです。

でも、だからこそ夢を追う素晴らしさや夢を追わずに後悔している人も多く知っているでしょう。

 

だからこそ、息子とはいえ一人の人間が決めた道。

応援するという寛大な姿勢は親に中々自分の夢を語れない子どもにとって羨ましくも映ったのではないでしょうか。

 

大島雅斗さん「アウト×デラックス」の番組中では芸人としてコミカルな一面を見せられていましたが、根は親思いの繊細な方のようです。

 

妻の携帯電話が
ふいに鳴りました。

どうやら次男かららしい。

電話を取った妻の顔色が
変わりました。

「…どうした?…今どこ!?」
その口調ですぐに分かりました。

「泣いているのか?」

引用:『癌発覚から手術・治療へ』 ⑩ 2016年10月26日|大島康徳オフィシャルブログ「ズバリ!大島くん」Powered by Ameba

 

この記事以外にも大島雅斗さんとの微笑ましいエピソードや闘病にまつわる話が度々でてきます。

それを見る限り、しっかりした息子さんのようにみえます。

 

大島雅斗さんが成功すればお父さんにとってこれ以上ない治療薬

お父さんのためにも、ご自身のためにも大島雅斗さんのご活躍を祈っています。 

まとめ

プロ野球を支えた偉大な人物のがん公表は多くの球界関係者、ファンに衝撃を与えました。

ただ、当の本人はがんから逃げずに立ち向かい、その姿勢を日々発信されています。

それは多くの方にとって勇気づけられるものです。

 

今後もその闘病、野球解説などを通してファンに勇気を与えて欲しいです。

これからのご活躍をお祈りしています。


それでは、さようなら!